プロフィール

ライフキャリアプランナー

Author:ライフキャリアプランナー
新宿で働く社労士&ファイナンシャルプランナー。
日本のお酒と歴史が好き。

海辺暮らし
オトナの趣味
出会い
食べる

鎌倉府


連休中の「党首討論」で、共産党の委員長はずいぶんと面白いことを言っていました。

「自分たちが政権をとったら、自衛隊はしばらくの間は合憲。世界中と友好関係を結んだら、違憲なので組織を解消」

ですってさ。

スゴイですね。時の政権が恣意的に合憲違憲の判断をくだせるんだあ。

ということは、自分たち共産党と全く同様に、自公政権が恣意的に合憲の判断をしてもかまわないという理屈になります。

マジ? なわけないよね。

今までずぅ~っと、それで政権批判をしてきたのですから。

要するに「自分たちだけは構わない」ということ。

理由は単純明快。

「自分たちだけが正しい。正しい自分たちの判断は常に正しい」

共産主義の身勝手な論理が、きれいに出ていましたね。

さて…。

前回とりあげた「尊氏の息子」に続き、今回は「鎌倉府」について書いてみたいと思います。



学校の授業では

鎌倉幕府が倒され、建武の新政がはじまり、南朝と北朝が対立し、京の都に室町幕府が成立…

という流れになるのだと思います。

武家政権は東国の鎌倉から、京の都に移った、と。

ただ、世の中はそんな簡単な、ベルトコンベア式に進みはしないものです。

全てが、かぶっています。

そして、鎌倉幕府と室町幕府といいますが、そのような区分も、本当のところ正しいのかどうか…。

武家政権をあらわす「幕府」という言葉は、当時なかったのです。

少なくとも鎌倉幕府なり室町幕府という言葉は、その時代を生きていた人々は知りません。

「幕府ってナニ?」でしょう。そのような言い方がでてきたのは、江戸の時代になってからです。

後の時代になり、それぞれの武士政権を区分して表す必要がでてきたからでしょうね。

天皇という存在が、在世のときに名がないのと似たようなものだと思います。

時代劇のように、たとえば頼朝が「おのれ!後白河のタヌキにしてやられた」なんて、言わないのですよ。

帝(みかど)であったり主上(おかみ)であったり…。

さて、足利尊氏が改めて武家政権を京都に興したとき、鎌倉はどうなっていたのでしょう?

鎌倉幕府が倒れて以降、鎌倉の地は、学校の授業ではまず登場しません。

ですが、実は一定以上の存在感があったのです。

それが「鎌倉府」です。

京の都に征夷大将軍がいるように、鎌倉府には鎌倉公方が存在しました。

鎌倉公方も当時の呼称ではなくて、当時は鎌倉御所または鎌倉殿と呼ばれていました。

この鎌倉公方は、関東十か国をおさめる鎌倉府の長官という位置づけでした。

そして、鎌倉公方そのものは、将軍から任命される正式な幕府の役職ではなく、鎌倉を留守にしている将軍の代理。

鎌倉という場所で、事実上トップというポジションで、御所とか鎌倉殿と呼ばれたら、それはもう将軍そのものです。

北条家の得宗ですら、そのような呼ばれ方はされませんでした。

まあ、彼らは源氏ではないし、そもそも御家人だったし。



鎌倉公方の初代は足利基氏です。

歴史好き以外のヒトにとっては「だれ?」でしょう。

足利尊氏の次男(正室の子として)であり、二代将軍義詮の弟。

兄が征夷大将軍で、弟の自分は鎌倉公方。

要するに、権威という意味では大きな差がなかったのです。

武家の棟梁である「源氏の長者」の地位についた尊氏の、正室腹の兄弟ですから。

その後、鎌倉府はしばしば幕府ともめごとを起こします。

ということで、室町幕府の成立後も、鎌倉は幕府にとっても、武士たちにとっても重要な拠点として存在感をもった場所でした。

そして、以前も書きましたが、同族ほど過酷で熾烈で、醜い争いはないのだな、とも感じるところです。

さらに、堀越公方とか古河公方とか、内輪もめが生じて、ドタバタしていきます。

いつの間にか、鎌倉公方より、その部下筋である関東管領の存在感が増していったのは、歴史の常でしょう。

東国の戦国時代は、むしろこのあたりの流れを汲んで動いていったのでした。




スポンサーサイト
THEME:歴史関係書籍覚書 | GENRE:本・雑誌 |

尊氏の息子


昨日はワールドフェスタ2017に行ってきました。

昨年、でかけてみたら「あら、楽しい」ということで、今回も。

土曜日は肌寒くてビール飲むには…って感じでしたが、日曜日は穏やかで気温もそこそこ上がり、秋晴れで爽やかでした。

私はジャマイカとペルーの肉料理をいただきました。

次男クンは…スペインのモツ煮込みと豚まんでした。

(やはり、豚まんか…去年も豚まん食べたのを覚えていたらしい。さすが自閉クン)

民族舞踊とかも、天気がいいとみていて楽しいものです。

ビール片手に、次男くんはソフトクリーム片手に…。

妻と長男には内緒です…。

さて、と。

先日、応仁の乱やら足利将軍家のことをいろいろと書いてみたので、今回は足利直冬(ただふゆ)をみてみましょう。

といっても、この御方は一般的にはとても無名。

ですので、主人公として扱っている小説が見当たらないのです。



私がこの人物を知ったのは、ある歴史小説からでした。

それは、ずいぶん前にとりあげたこともある「風の群像」という小説です。

ときは鎌倉時代末期、足利尊氏と直義の兄弟を中心に展開していく物語です。

ある日、直義が街中でみかけた薄汚れた童…これがのちの直冬です。

この上下巻の小説は、私は結構気に入っていて、何度も読み返しているものです。

詳細は省きますが、私はこの本の影響で、尊氏があまり好きではないのです。



最高権力者である実の父に愛されなかったというところは、家康の実子「結城秀康」にも似たところを感じます。

尊氏と直義は、仲の良い兄弟で、鎌倉幕府滅亡、後醍醐帝を失脚させて足利幕府を開いていきます。

でも、二元政治というのはやはり続かないのですね。

本人たちの考え以上に、周囲の思惑に巻き込まれていくのでしょう。

争いになったとき、仲の良かった間柄、肉親であればあるほど、その憎しみは増すともいいます。

尊氏と直義の兄弟に、尊氏と直冬の親子。しかも直義は直冬の義父。

そこに尊氏の執事である高兄弟と直義との主導権争い…。

さらに、相手に対抗するために南朝方と手を組んだりもします。

いろいろあって…。

直義は鎌倉で死に(私は、尊氏に毒殺されたのではないかと思っています)

尊氏もやがて死に、南朝勢力も衰退し…。

直冬については正確なことはわかっていませんが、岩見で隠棲し、そのまま没したという記録のみが残っています。

直冬の弟にあたる、後に足利二代将軍となった義詮(よしあきら)とは、雲泥の差があります。

「滅びの美学」とでも言うのかな。

私は、尊氏の弟と、尊氏の息子の側に感情移入してしまいます。

ということで、私が室町時代に興味をいだいたきっかけは、尊氏・直義兄弟&直冬という人間模様だったのでした。



THEME:歴史関係書籍覚書 | GENRE:本・雑誌 |

幕末史


ここ数日、朝はかなり冷えます。

そう…もう秋なんだな、と。

庭の中玉トマトや長ナスさんたちも、あと少しで引退を迎えそうです。

私も…感覚がまだ秋モードになっていないから、気を抜いたら風邪をひきそうです。

朝、Tシャツに短パンだった私も、先週からジャージ姿に変わりました。

朝の5時台は、けっこう寒いので・・・。

この週末に、衣服を夏から秋にきりかえたいと思います。

さて、と。

最近、幕末本をちらほら見かけることが増えました。

幕末から明治維新の時代は、戦国時代とならんで人気が高い時代だと思います。

その幕末は、実は私たちが常識のようにとらえていたものとは違っていた?

そんな趣旨の本がでてきているんです。

どういう潮目なのだろう…と思いつつも、きっかけはたぶんこの本でしょう。



清貧で純粋で学者肌の吉田松陰と、日本を憂う若者の志士たち…。

そんな位置づけで描かれることが多い彼らを「テロリスト」と定義した表紙からして、結構衝撃的な感じです。

いわゆる「司馬史観」を真っ向から否定するかのごとき論調には、驚きながらも一理あるというか、筋がとおった展開です。

徳川慶喜は、賢い御仁だったのだろう、とは思います。

そこはおそらく誰も否定していないところ。

ただ、有能だったのかと言われと…どうなのでしょう。

少なくとも、英雄の器ではなかったと思うのですが、それも結果を知っているからゆえの判断ともいえそうですしね…。

もうひとつ、幕末史が好きな方に読んでもらいたいと思うものをご紹介したいと思います。

発刊は少し古いです。

「幕末維新 消された歴史」という本です。


おもしろいのは「武士の言い分」と「江戸っ子の言い分」というサブタイトル。

このような視点で展開する本は、私ははじめてでした。

この本の冒頭では「歴史認識」というものについて書かれています。

特アの中国、朝鮮がいうような「まやかし」やら「まがいモノ」の類ではなくて、本当の意味での歴史認識です。

こちらは読むに値するというか、名著だと思っています。

是非、お手にとっていただきたいですね。





THEME:歴史関係書籍覚書 | GENRE:本・雑誌 |

応仁の乱


最近では「応仁の乱」が注目を集めているようです。

ネットや書店などで、割と目立っている感じがします。

新宿の紀伊国屋書店では、入り口に陳列されていましたもん。

あんなに地味な出版元(失礼)なのに、あんなベストポジションに並んでいるなんて…。

ちなみに、その横には「観応の擾乱」が並んでいました。

奥にいくと「南北朝」と大きな見出しの歴史本があるし…。



ということで、この本 ↑ が結構売れているみたいです。

一般的にいって、そんなに発行部数が伸びるような類の本ではないのにね。

歴史好きという方々の多くは「戦国時代」か「幕末」が好きだったりします。

その一方で、平安時代とか室町時代というのは、どちらかというとマイナー。

なぜ?

思うに、理由はふたつあると思っています。

ひとつは、英雄がいないということ。

戦国であれば信長、秀吉、家康がいるし、武田信玄やら上杉謙信、伊達政宗といった地方の英雄がいます。

もじどおり群雄割拠だったので、あちこちに「おらが村の英雄」がいるわけ。

幕末も同様に西郷隆盛や坂本龍馬、新撰組といったところが大人気。

平安とか室町ってそういうのがいない。

二つ目は、人間関係ではないかと思っています。

戦国も幕末も、相関図はシンプル。

簡単にいえば、対立軸が「対」になっているんです。

武田vs上杉であったり信長vs反信長同盟軍、三成vs家康。

幕末は幕府vs薩長同盟=新政府軍 というふうに、とてもシンプル。

それに対し、平安時代は皇室の血脈がめちゃくちゃになっていったし、公家も源氏も平氏も似たようなもん。

同族、一族でぐちゃぐちゃしていて、内輪もめやら政争が陰湿で、知れば知るほど気分が悪くなったりします。

皇室&公家&源氏・平氏の内輪もめから保元・平治の乱がおき、武士の時代になっていきました。

NHK大河ドラマ「清盛」が低視聴率にあえいだのは、ある意味仕方のないことだったわけです。

そして、応仁の乱…。

今日の味方は明日の敵みたいな、当事者たちもよくわからなかったのではないかと思うくらいぐちゃぐちゃ。

将軍家と管領家、有力守護の跡目争いなどでぐっちゃぐちゃですもん。

今日の味方は明日の敵とか、あっちについたりこっちについたり、よくわからなくなるくらい混乱しています。

それをわかりやすくしたのがこちらの本 ↓



一冊目とは違い、こちらは万人向けといってよいでしょう。

すでに述べました「わかりにくい関係性」がわかりやすくなっています。

マジメに書きますと、

戦国時代のはじまりは、この応仁の乱そのもの、ではなくて、その前におきた「明応の政変」が始まりと言われ始めています。

足利尊氏を祖とする足利将軍家は、鎌倉幕府の北条氏や江戸幕府の徳川将軍家ほど権力を握ってはいませんでした。

尊氏と義満は別格ですが、室町幕府は有力守護によって運営される連合体のような性格をもっていました。

足利将軍家は、簡単に言えば神輿ということ。

それでも神輿には「霊力」という実力があります。

そんな実力すら失ってしまったのが、明応の政変と呼ばれた事件。

部下のいうこときかずに将軍家が行動して失敗し、部下にアタマが上がらなくなってしまった事件。

この明応の政変以降の権力構造を「細川政権」といったりします。

そう…部下は管領家の細川氏。

これをもって戦国時代の始まりという歴史家の先生もいるくらい、大多数のヒトは知らないけれど大事件だったのです。

鎌倉幕府の将軍家と北条家みたいな構図が、ここで生まれた、と。

そして…応仁の乱がおきました。

必ずしもみんな戦いたかったわけじゃないのに戦いがはじまり、落としどころを求めているのに戦線は拡大していき…。

やることなすこと後手にまわり、裏目に出て、京の都は廃墟と化していく…。

ん?

現代のニッポンで、この時代が注目を集め始めているのは、そこ?

でも、かつては

「室町時代が好きなんて奴は、枯れてしまったヤツだよ。若いうちからこんな時代を好きとか言っちゃイケないぞ」

なんて、お寿司屋さんで知り合いになった中央大学の歴史の先生が言っていたなあって。

DMM電子書籍
THEME:歴史関係書籍覚書 | GENRE:本・雑誌 |

海がみえる家


館山に旅したのはいつの頃だったか…。

妻と付き合っていたときだったから、もう20年近く昔のことになるのか…。

そんな気分で、20代だった頃の自分を投影して読んでみたのがこちら。



わたしの実家は神奈川県三浦市という、東京湾の出口に位置する港町です。

三浦よりも三崎という言葉のほうが通じることが多い。「三崎港」「三崎のマグロ」というパターンね。

でも「三浦すいか」「三浦だいこん」もある。こちらにも、ちょっとしたプライドがあったりします。

この三浦と対になっているといいますか、東京湾の反対側は千葉県。で、出口あたりにあるのが館山。

風景は、似て非なるものがありますが、それぞれに特徴があります。

不思議なもので、よそ者のほうがその地の良さを素直に感じることができたりするときがあるような気がします。

田舎ものは、田舎がキライだったりしますので。

ある程度オッサンやおばちゃんになると、そのキライだったところに「安心」を感じたりするのがなんとも…日和ったかな?

そんな皮肉というか、不思議というか…。

この本は20代をターゲットにした小説と思いますが、40歳すぎの方々にもおススメしたいと思います。

ちなみに、この小説は館山が舞台なのですが、私には三崎の、浜諸磯の風景が目に浮かびました。

わたしは9歳まで諸磯という、三崎のなかでも田舎なエリアに住んでいました。

あの頃の浜諸磯は、護岸コンクリートなんかじゃなかった…。

いろいろ変わっちゃったけど、白灯台周辺だけは、なにも変わっていません。

後ろに点在している別荘はいろいろ変わっていますが…。

海が見える家…か。

大変なのは十分に知っているけれど、良さも知っているわけで…いいよなあ。



THEME:オススメの本の紹介 | GENRE:本・雑誌 |
PR
検索フォーム
お薦め
お仕事さがし
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
ビジネス
266位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
起業・独立
69位
アクセスランキングを見る>>
マネジメント
ブロとも申請フォーム
認知