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ライフキャリアプランナー

Author:ライフキャリアプランナー
新宿で働く社労士&ファイナンシャルプランナー。
日本のお酒と歴史が好き。

海辺暮らし
オトナの趣味
出会い
食べる

食べ放題の経済合理性

先日、かっぱ寿司が時間制食べ放題を導入して、来客数が増大したということが話題になっていました。

食べ放題…。

なんて魅力的な響きなのでしょう。

でも、食べ放題って、お店の利益は大丈夫なのかしら?

私たちみたいなめっちゃ食べまくる客ばかり来ても平気なのかね?

なんて思ったこと、ありませんか?



実は、大丈夫なんです。

(って、商売しているのだから当たり前か)

一人のお客さんが、二人分の料金をはらって、三人前を食べる…。

これ、お客さんもお店の側もうれしい仕組みなんです。

横浜中華街の食べ放題のお店なんかが顕著ですけれどね。

作る料理がきまっているから、仕入れた食材はフルに使えますし、想定外の注文が入りませんから、そちらの準備も不要。

料理はお客さんが自分でとりわけるので、ウェイターやウェイトレスは最小人員でOKですし。

料理人の手待ち時間も少なくてすむので、お店としても効率的なのです。



紳士服の●●などでは「スーツ二着目は千円」ってやっています。

宅配ビザ●●では「二枚目は無料」とかね。

このようなところは、固定費と変動費というおカネの仕組みを理解すると、よく見えてきます。

興味を持った方は「経済暴論」を読んでみてください。

とても面白いし、わかりやすいし、何かに役立つ知識かもしれません。

食べ放題のお店の損益分岐点って、どこなんだろう?

そんな、食べ放題好きとは無縁なメンドクサイことを考えたのは、もう何年も昔の話。

この すたみな太郎 は激安。

普通の人レベルの「大食い」では、とても届きません。

ギャル曽根くらいのレベルで、ようやくお店の側は持ち出しになるみたい。

テレビ東京の番組でみた記憶があるのですが、

彼女、メニューの全種類を食べるつもりだったみたい。

ギャル曽根って、他の大食いの人たちとは違って、キレイに、そしてとても美味しそうに食べるのです。

ああいうのって、いいよなあって我が家ではよく言います。

汚い大食いは、みていて不愉快になりますからね。

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ゲーム理論

どなたかのブログに、希望の党を「気泡の党」とありました。

とてもわかりやすい。

泡と生まれ、泡と消えにしわが身かな…。

さて、と。

今回は、ゲーム理論というものをご紹介したいと思います。

最近は、MBA系のこむずかしいお話を、漫画でわかりやすくしてくれている本が結構出ています。

とっかかりと言いますか、入門編としてはかなり理解しやすいと思います。

ただ、漫画版だけを読んで「理解した」気になると、それはまた少し違うと思います。

ビジュアルは、わかりやすい反面、知らず知らずのうちに間違って理解してしまっていることも、ままあります。

たとえば、テキストなどを何度も読み返していく過程で「ここは間違えて解釈していた」と気づくことがあります。

少し間違えていた、ならまだ許容ですが、真逆にとらえていたというようなことも、あったりします。

受け手側である私たちの好みや立場などにより、同じ情報であっても受け止め方が違うことはよくある話ですからね。



このゲーム理論を簡単にいうと、

まず、利害が必ずしも一致していない状況というものがあるとします。

そのような状況下において、複数の人間の行動に関して最適な戦略を分析する数学の理論

ということなのですが、これだとわかったようで、わからない。

超有名な「囚人のジレンマ」を挙げてみましょう。

共犯の被疑者2人が警察につかまり、別々に取り調べを受けているという場面設定です。

①2人とも黙秘を通せば両者ともに刑は軽くなります(例えば書類送検とか起訴猶予といった程度)。

②一方が共犯の旨証言をし、他方は黙秘を続けた場合、証言した方は釈放され、黙秘を続けた方は懲役刑を科されます。

③両者がともに自白した場合は、両者とも少しだけ減刑になります(たとえば、懲役2年が1年3か月)。

さあ、この2人はどのような判断をするのでしょ~か? という理論。

自分だけはオイシイおもいをしたい!と考えると自白するでしょう。当然、自分が考えるようなことは相手も考えますしね。

すると、お互いが黙秘を通した場合より、結果は悪くなります。

お互いの信頼関係が強固であれば、黙秘を通して釈放されます。

信頼関係がゆるければ、そこまで相手を信頼していないので、自分可愛さで懲役刑を選択することになります。

ゲーム理論は、この「囚人のジレンマ」だけでなく、取引する意思のない者を相手に交渉するのは無意味とか、いろいろあります。

数学者や物理学者というものは、この世のあらゆるものを法則づけで、数式で証明しようとするのですね。

この「ゲーム理論」の提唱者も、チェスをしているときにおもいついたそうです。

そういうの、私にはちょっと理解できないのですけれどね…。



「北朝鮮と対話をしろ」などと叫ぶ方々には、ゲーム理論などもお勉強してほしいなあって思ったりします。

いずれにしても、さまざまな場面で活用できる知識であり、スキルだと思います。

たとえば、自分が客で、相手がお店だったら、こちらは安く買いたいし、むこうは販売価格で売りたいわけでしょ。

会社では上司と部下、家庭では夫と妻や親と子。

利害関係は、必ずしも一致していないものです。

まあ…何かといえば「交渉術だあ」なんていう世の中になっちゃっても、それはそれでイヤですけどね。




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指示待ち…


いわゆる「安保法案」を「戦争法」と呼び、国会審議でプラカードをテレビの前にかざして自身をアピールしていたヒトタチ…。

それが、一転して「私は反対していません」と言い出し、安保法賛成の希望の党から公認をもらった民進党籍の面々…。

要するに、安保法案など、成立しようがしまいがどうでもよかっただけのこと。

日本がどうなるとか、そんなことを真剣に考えていたわけではなく、単なる政権の揚げ足取りだったことを自ら証明したもの。

党からの指示に従い、その党が怪しくなるや、別の政党に転職して、今までの主張を平気で覆す…。

これからは「転職先のオーナー社長」である、小池代表の指示を待ち、そのとおりに動くの?

それとも、毎度おなじみの「選挙が終われば別の顔」に戻るのでしょうか?

どちらにしても、そんなヒトたちを当選させて本当に良いのでしょうか?

政治家なんて、基本的にはうさんくさいヒトたちでしょうが、今回希望の党に集まった輩は、真に信用できない。

こんなヒトたちに、我が家の子供たちの将来を預けるわけにはいかない。

ホントにそう思います。

私の選挙区にも、民進党から希望の党に転職した国会議員がいます。

選挙ポスターの右側にあった「民進党」のうえに「希望の党」とステッカーが貼られていました。

しょせん、ステッカーで上書きできる程度のものなのね。

今まで言ってたこと、やってきたことを平気で「リセット」できるのは「しがらみ」がないから?

「しがらみ」って何なの?

「国民なり有権者との約束、党としての公約」などが、ここでいう真の「しがらみ」なのではないか?

「しがらみのない政治」とは「公約のない政治」にすぎない。

そんな集団に集うのは「指示待ち」ばかり…。芯がないのだから、ある意味当然。

「代表の許可なくテレビに出るな」なんて…「公認」という「名札」を胸につけた小学生みたい。

キミたちは政治家じゃないのか?

さて…。

わたしの職場に、なんとかしたいと思っている所属員がいます。

その方は、転勤・異動をしたことのない、同一職場で勤続23年のベテラン女性社員さん。

個人的に、いろいろと思うところは、あります。

彼女だけのせいだと思えないので…。

指示されたことをすればよい。

指示されたとおりにするのが自分の仕事。

ずっと、そう考えて仕事をしてきたのでしょう。特に疑問も持たなかったのでしょう。

ただ、非常に残念なのですが、そのような姿勢・スタイルでは、担当業務が限られてしまうのです。



彼女は昇格を望んでいるのですが、その根拠は「勤続年数」だけなんです。

入社●年の▲▲が係長に昇格したのに、なぜ私は主任のままなの?

という具合。

簡単にいえば、指示通りに仕事をこなしてくれればよいのが主任クラス。

仕事の最小単位を、ミスなく確実に期日どおりに仕上げてくれればよく、できればその範囲で改善・改良ができれば成果となる。

ここまでは、ある程度「勤続年数」と「発揮能力」はパラレルでついてきます。

したがって、勤続年数の長いベテランほど、仕事を通じて「有能感」をもつことができるでしょう。

ところが、その上の係長クラスになるには、高いハードルが存在します。

それが「指示がなくても適切に行動をとることができ、自らのアイデアで新しい仕組みや企画を提案できる」というもの。

あくまでも能力定義上の文言なのですが、差異は明確だと思っています。

主任クラスでは満点に近い能力評価を受けることができるのに、上位等級に照らすと20%程度しか満たせなくなる…。

そして、そこに「他責」傾向がでてきます。

正直、今とても苦労しています。

文句は人一倍いうのですが、頑張りますとは決して言わないのです。

通常のパターンは、上司である私や同僚などの問題点を指摘し続け、最後に「最近、私は褒められていない」…と。

「評価を得られるよう、私がすべきことを指示してください。そのとおりにやりますので、それができたら評価してください」

って…。それはちと、都合よすぎるだろうに。

で、

「昇格したいのなら、指示されることにこだわらず、自分ですべきことを考えて、それをもって相談にきてください。

 一緒に考えるし、全力で支援するから」

そう答えると、無言になってしまうのです。

あきらかに表情は不満顔をつくり(たぶん芝居)

「困っているんです。考えてもわからないから聞いているんです。困っているのだから助けてくれてもいいじゃない」

で、

「たとえば、現状ではうちのセクションでは●●について議論や検討をしたことがないのだから、●●の案をまとめてはどう」

すると

「●●と言われても、何をやればよいのかわかりません。具体的に指示してください」

「だから、それは私にゴーストライターをやってくれと頼んでいることと同じだよ。あなたの仕事をとるのは管理者じゃない」

「…」

「…」

何回か、このパターン。

最近では、同僚との関係でも「私は上司に指示されたことしかやりません」とやって、トラブルを起こしたり…。

他人事のときは、偉そうに「そういうときはさあ…」なんて言っていたくせに、自分のこととなると…。

ただ、自分を戒めているのは、彼女を変えることができるのは、彼女しかいないということ。

私ができるのは支援であり、指導。

子どもが「難しいからできない」といって、かわりに宿題する親は、子どもにとって害でしかない。

部下と子どもは違うけれどね。

あー。いずれにしても、なかなか難しい。

「アイデアをだすときはね。自分がやりたいことよりも、事業本部員に喜ばれることは何だろうと考える視点も効果があるよ」

「私は、人に喜んでもらいたいとか、そういう気持ちはないんです」

「あっそうなの…」

ある意味、「いまどきの若い世代」なんかよりはるかに難しい。

彼女に「勇気をもって、少しずつ前進しよう。まず、行動を少しずつ、変えていこう」なんて言っている私(効果は出てこないが…)

そういうことを言っている以上、私もよりよく「変わっていく」ために、その材料として、このようなものを読んでみたり…。



仕事をしない上司になれ…か。

(上司にしかできない仕事だけをやれ、という意味)



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変化に対応できるか?

何度か書いていますが、今年の行政書士本試験は来月の11月に行われます。

で、お勉強されている方のなかには、知識はあるのに、問題となると間違えてばかり…という方がいます。

また、過去問なら何度もまわしていて、正解できるのに、同じ趣旨の問題でも表現を少しいじられると、解けなくなる…。

心当たりのある方もいらっしゃると思います。

何をかくそう、私自身が結構そのパターンを持っていました。

なまじ「暗記力」が優れていたり、優れていると思っているヒトほど、その暗記力に頼ってしまっているものです。

目の前にある問題に対して、自分のアタマのなかにある「ピース」をさがし、フィットする「知識」を取り出すようなイメージ。

なので、テキストベースだとしっかり理解できているし、既往の問題にも正解することができるわけ。

ですが…。

このようなスタンスでは「考える」プロセスが弱くなる傾向があるようです。

「考える」ということは、実は相当にしんどくて、難しいものなんです。

やってみればわかりますが、「考える」仕事を、どこかで集中して行うと、半日でクタクタになります。

思うに、マニュアルというのは、このような「しんどさ」から解放されたいためにできたものではないかと。

こういう姿勢で長年生きてしまうと、本当に「考える」ことができないヒトになってしまいます。



「必要だと指示されたら、やります」 とか…。

「条件が完璧に整ったら、はじめます」 とか…。

「調査した結果は●●でした」 とか…。
(そこで終わり?…本当は、調査結果からどのような解を導きだせるかが重要なのに…)

私が一番嫌いな言葉は「やったことがないので、できません」と即答してくるベテラン。

そのスタンスでは、誰でもできる仕事しかこなせないだろうに…そのくせ、自己評価は常に高い…。

社会保険労務士や行政書士試験では、趣旨は過去問と同じで、出題の仕方を変えてきます。

半数以上は「初めて見る問題」でしょうから、それにどう「対応」するか?

しっかりと対応するためには、「応用力」が欠かせません。

仕事でいえば「目的」を明確に理解して、それを達成するために最適な手段を考えるわけですよね。

試験については「設問の趣旨」をどこまで理解できるか、というところでしょうね。やはり。

上司が何を考えて指示してきたかを考えて行動する子と、考えないで行動する子では、アウトプットと安定感がまるで違います。

試験問題への対処も同じなんですよ。

いろんな国家資格の本試験を受けていると、

「おっ!やっぱりこの手の問題が出てきたな。この論点を理解しているか試したいんだろ。わかってるって」

といったような「一人芝居」を楽しめるようになります。

わからない問題がでてきても、それが普通と受け止めて、その設問が自分に何を問うているのか、その趣旨を考えます。

そうすると、知識として知らない問題でも、解答できることがあります。

もちろん、これで正解できるかどうかは確率論になりますが、6割とれればたいていは合格できるものです。

最後に…。

いわゆる「足きり」という試験の仕組みに非難が集まるときがあります。

受験生として、気持ちはわかります。

わたしも社労士受験の一年目は、この足きりで不合格になりましたから。

でも、仕事においても評価されるのは「本試験で合格基準に達すること」と同じなんです。

模擬テストでいつも高得点をとっていた、とか、択一で60点とれていたのに足きりをくらった、とか…。

これ、仕事だったら「結果がでなかったね」で終わりですもん。

変化に対応できるための応用力を磨くためには…日々、少しでもいいから「考える」時間を持ち、実際に考えること。

これを感覚的にいえば「要領の良さ」になるのでしょう。

求められていることだけをして、結果を出す。

言い換えると、余計なことはしない。

この「求められていること」と「余計なこと」をどれだけ理解できるか…。

まあ…。

ずいぶんと偉そうなことを書いちゃったけど、

私自身、ちょっとレベルが上がると、とたんに右往左往ですから…。

社会保険労務士も行政書士も、その合格率はひとケタです。

9割の方は、できていないということでもあります。

シンプルなことほど、実行するのは難しく、それを継続するのは至難の業なのでしょう。




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周囲の人との絡み方

希望の党が発表した公約(原案?まだ決定していない?)をみてみましたけどね…。

ベーシックインカムだのコイケノミクスだの…肝心なところは曖昧にぼかした文言。

こんなもんでも、騙されるヒト、多分いるのでしょうねえ。

もろに、民主党が政権を獲得したときの選挙公約を思い出します。

いずれにしても、希望の党の実行力・実現力は、現在の都政&民主~民進党の実績をみれば明白なのですがね。

なにができるの?

さて、と。

組織で仕事をしていると、担当者としての自分ひとりでできる仕事は、いずれ限られてきます。

いろんな部署や社内外の関係者との調整が不可欠になっていくからです。

同じ部のなかでも、業務上の利害関係がでてきますし、そこでの調整も相当ハードです。

良くも悪くも成果主義という人事制度が、このような調整業務を増やしている側面はあると思います。

バカ正直に「全社最適」を考えて対応したら、自分のセクションだけが

「ババをひいた」とか「うしろにハンカチ落とされていた」なんていうことは、私も体験するところです。

しょっちゅうではないけれど、そういう議論ほどバカバカしいものはない…。

全体最適を叫ぶ本社中枢部門が率先して部門最適に走っていることも、ごく普通にあるし。

つまらないし、くだらないのだけれど、セクションの責任者としてその議論に負けると、部下の評価に影響がでますから…。

いろんな組織があるし、様々な考え方があります。

ただ、繰り返しになりますが、どちらにしたところで、自分ひとりの力には限度があります。

自分の能力を磨き、知識やスキルを身につけたところで、あるラインからは、より大きな成果は望めなくなる。



仕事をしていくうえで、周囲のヒトとどう「絡んで」いくべきか?

この本は、ここを重視して議論を展開しています。

少し極端な例を挙げてみましょうか。

タクシーに乗り込んだとしましょう。

そして、お客さんである私が行き先▲▲を告げるとします。

そのとき、運転手さんが「そんなところに行っても意味ないですよ。ですから●●に行きましょう」

と言われたら?

往々にしてあるのは、「やりたいこと」と「求められていること」のミスマッチ。

「決まっていること」と「企画立案すべきこと」の境界線があいまいだったり、間違えていること。

最悪なのは、途中経過を報告しないで、上記の状況で「最後までやってしまう」ということ。

先の例だと、運転手さんが自分に何も言わず、●●に行ってしまったら?

●●の前で「到着しました」って言われたら?

自分は▲▲と言ったのに、ついた場所は●●…。

仮に、▲▲に行く目的を達成するためには、▲▲よりも●●に行ったほうが効果的だったとしましょう。

でも、だからといって、この運転手さんに感謝するお客さんは、通常いません。

その時点で●●が優れているなんて、思っていないし…。

こういうこと、結構おこっているものです。

そして、この運転手さんはたぶんこのようなことを言うはずです。

「ったくもう。最近のお客さんはわかっちゃいねー。何もわかっちゃいねーよ。あの場面だったら行き先は●●だろーが」

どうでしょうか…。

▲▲ではなく、●●にすべきだったのであれば、それをお客さんの意思にする必要がありました。

もしかすると

「たしかに▲▲はおかしいかもしれない。だからといって、●●に行ける予算はないんだよ。よし、行き先は☆☆に変えよう」

になったかもしれないのですよ。

上司というのは、みているところが部下とは違います。

視点が違うので、視野も違うのです。

ですから、▲▲ではなく●●ではどう?となると、さらに様々な状況から、さらに違う判断をすることも、実はよくあります。

●●を提案してくれたおかげで、☆☆に気づけた…となるわけです。

そのようなプロセスがあって☆☆に到着したら、お客さんはさぞうれしく思い、感謝の気持ちも沸いてくることでしょう。

言われたとおり▲▲に到着しても、当たり前のことなので、何とも思いません。

勝手に●●に到着したら、料金の支払いを拒否されるかもしれません。

そんな視点で今の自分の仕事を見つけなおしてみると、何かに気づけることがあるかもしれません。





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